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他人を許せない世の中になってませんか

私の好きなコピー
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http://filt.jp/backnumber/no68.html

 

異端児を許せない世の中になっていませんか。平等平等と叫びながらすべてを平らにするために、はみ出た人間を排斥していませんか。

高嶋ちさ子さんの話が面白くてとても好きだ。日本でのあだ名が悪魔で、海外でのあだ名はデビルだったらしい高嶋ちさ子さん。せっかちすぎて角を曲がるときによく角にぶつかるがそれは「私が早いのではなくて角が来るのが遅い」という高嶋ちさ子さん。ちなみに我が家では急いたり焦ったり忙しない場面では「ちさ子やん」「ちさ子かよ」と突っ込みが入る。そんなデビル高嶋ちさ子さん。

あの人はとんでもないけれどそのとんでもなさをよく自覚しているし、公にして批判されることも何とも思ってない素振りで、だってそうなんだもん仕方ないじゃんと言わんばかりに清々しくどうしようもなく悪魔。そりゃああんな人が身近にいたら困るだろうけど勿論そうではないわけで。となれば他人事なわけで。私はその存在を「面白いなあこの人」という風に感じるわけです。

だけどどうだろうこの人がテレビに出るとあのDS事件のことばかりが再拡散されるわ、この人は無理だとか人を見下してる態度だとか何だか好きになれないとか散々なネガティヴな反響がある。

そしてそれを見たメディアが「高嶋ちさ子に非難続出…」などと書き、テレビを見ていない人、ネットの記事しか見てないようなヤツが「なんだこいつろくでもない」と文面だけで判断して切り捨てる。そりゃ文面だけで見たら本当にろくでもないから、ネットニュースを見た人の反応は恨まない。そういう風になるだろうことを分かった上で、せっかくその場では笑いに還元された人間のろくでもなさを、言葉だけでその場の笑いを抜きにして、ろくでもなさだけを切り取って人間を晒し者にする。そういうネットニュースを、私は何より嫌悪する。

テレビ業界は一体どうして、番組の放送内容をネットメディアが記事にすることを許しているのか。野放しにしているのか。結局のところ炎上商法で、それで毎回話題になってそういう記事を書きたい業界人が見てくれるんならWIN-WINです、というつもりなら、私はテレビすらも嫌いになってしまいそう。

 

少し話は逸れるが、昔は戸川純のような人も普通に歌番組に出ていたってことを思うと、私はもうみぞみぞして仕方が無い。世間に受け入れられてたの?と母に聞くと「あの人は変わり者だったよ」と言っていた。それでもやはり「変わり者」として受け入れられていたということだろうなあと思った。ネットの無い時代では人々の目に触れるモノ、所謂メジャーなモノは本当に少なかっただろうと思うが、それでも今よりも幅広く個性のある粒ぞろいだったんじゃないだろうかとも思う。今は何でも見られるようになって聴けるようになって触れられるようになったけれど、メジャーシーンは遥かに縮小しているんじゃないか。本当の意味での「サブカルチャー」なんてもう存在しないんじゃないかって思う。昔は良かった、なんて言われて、クソ野郎と息巻くのが若者なのだとして、私はといえば、そうなのかもしれない、と思いを馳せるばかりで、これもある種の「ジェネレーションギャップ」かなあ、なんて考えていた。